2012年4月8日日曜日

南相馬

復興ハングアウトというプロジェクトの仕事で、南相馬市役所内の「南相馬災害FM」を訪問した。南相馬という場所は初めて。さらにラジオの本番をじかにみるのも初めて。

この日は朝8時半の新幹線でまずは仙台へ行き、ゆっくりお昼を食べて、その後関係者と合流して車で移動する予定であった。ところが、前日の爆弾低気圧の影響で、新幹線ものろのろ。結局1時間5分遅れで仙台に到着。急ぎレンタカーの手続きをして、集合場所にぎりぎり到着。その後も、仙台から山元町までの高速道路が閉鎖となり、国道6号線を走ることになった。

そういえば、昨年9月に仙台に来た時も関東を直撃した台風15号の後だったっけ。どうも東北に来るときは嵐と因縁深いのかもしれない。

さて、途中、相馬市の相馬港、原港、また、鹿島の海岸沿いに寄り道をしつつ、ほぼ予定通りに到着。相馬港や原港の周辺はまだまだ手つかずで、港に入れる状態ではなかった。鹿島の海岸線(写真、火力発電所の周辺)は流された家の基礎がむき出しとなっていて、かつてそこには多くの方が住んでいたのだろうが、今は人影はない。

そして、南相馬の市役所に到着。市役所の入口にあった碑。「野馬追」とはここの伝統行事のこと。


ちょっと早めに着いたので、街の中を散策する。がここにも人影はない。南相馬、人生初ということで、「闘う市長 被災地から見えたこの国の真実」という本を仙台までの新幹線の中で読んだ。この街、人口が激減しているとのこと。地震、津波という自然災害に加えて、原発被害も加わっている場所なので、問題はかなり複雑と言える(ここから10kmほど南はまだ立ち入りができないところ)。ちなみにこの本は、南相馬市長の桜井さんのインタビューをまとめたもの。震災直後の物資、情報のない状態でどうやりくりしてきたかの生の声が書かれている。現場力という言葉がとても印象に残る。


街にある唯一の喫茶店も今日はお休み。


市役所の前に「ゆめはっと」という市の文化会館があったので、そこでしばし休憩。
そして、今日の仕事場へ。ラジオ局は市役所の敷地内にある。

夕焼けはとてもきれいだった。


仕事を終え、建物の外にでると、当たり前だがすでに真っ暗。市役所ではまだ多くの人が働いているのだろう、明かりが煌々としていたのだが、周辺の暗さは半端無い。車でちょっと走ると、街灯さえない道が続く。車もまばら。なぜかわからないが、早くここから出たいという気持ちがあった(ただし、いろいろな理由でスピードは控えめにしていたが)。

帰りの新幹線の中、本の残りを読み終えた。南相馬という東北の小さな街の復興が実は今の日本を変える上で必要なことを全部見せてくれるのではと感じた次第。



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  NotebookLM の力を借りて、このブログを書いてみました。 成田からドバイを経由し、約12時間のフライト(今回、エミレーツ航空を利用)。降り立ったカイロで私を待っていたのは、数千年前から変わらぬ(であろう)静寂と、開発が進む現代エジプトの圧倒的なエネルギーでした。写真の...