2013年8月3日土曜日

ETCも人もいない有料道路の料金所って

「東金九十九里有料道路」。まさかというか、ETCでもない、そして人もいない(正確にはいないわけではなくて、隣接する建物の中にいる)料金所に初めて出くわしました。そして、やらかしてしまいました。

晴天の中、九十九里の海岸線を走り抜け、見えてきた料金所。人がいる気配がないので遠目にはETCかなと思いきや、実はこれが自分でお金を入れるタイプのものと判明。その金額200円。

ごそごそとカバンの中から財布を取り出すものの、小銭がない、しかも千円札オンリーでその千円札が財布の中に一枚もない。そうこうしているうちに後ろに車がどんどんやってくる。係員がどこにいるのか、どうやって呼び出すのかさえもわからない。

そんな中、後ろの車の運転手の方が親切にも200円を貸してくれた。そしてそのお金を機械に入れようとしたときに、「どうしましたぁ〜、何かトラブルですかぁ」と頭の上の方から聞こえてきた。「小銭がないんです〜。千円札もありません〜」と答えると、あらどこから来たのか、係員のおじさんが目の前に登場。

借りた200円は運転手の方にお返しし、係員のおじさんに両替してもらい、無事通過。

さて、こういう状況だとクラクションを鳴らされることが多いのですが、この時は誰も鳴らしていませんでした。後ろについてしまった数台の車の方、どなたかは存じ上げませんが、文句も言わずに待っていただき、申し訳ありませんでした。

今日の教訓:運転前に小銭も確認!

2013年6月2日日曜日

払沢の滝

都心から車で小一時間で行けるところということで、奥多摩、払沢の滝へ行ってきました。初めての場所ではありませんが、最後に行ったのはいったい何時だったか思い出せません。 日曜日で天気も良く、かなりの人出だろういう予想は見事に裏切られました。

さて、駐車場の看板をまずはチェック。滝までは歩いて15分。1km弱ってことか。


目に飛び込んできたのがこの建物。郵便局というわけでなく民芸品を販売しているお店です。もともとここにあったわけではなさそうです。


なぜかカウンター。人数を数えているとのことで、上にあがる人は自分でボタンを押せとの説明。とりあえず一回押しておきます。5171人目でした。


沢沿いをひたすら歩きます。水がとても奇麗です。


道中はこんな砂利道が続きます。適度な上りでこの道幅。気温も低めで人気もないためやや早足で進みます。ただ、いつの間にかジョグしていました。


これはおそらく水道です。飲料水としても利用されているとのこと。


そして道も険しくなり、


滝に到着です。全高60メートルとのこと。マイナスイオン全開といった感じ。



滝壺といっしょに。写っているのは下段の方ですね。この上にさらに滝は続いています。


名前はわからないのですが、いろいろな花も咲いていました。




そして、帰り道も結局ジョグしている自分がそこに。滝もいいですが、遠方の山並みと緑が目の保養になります。


今日は中央道上野原ICから33号線で檜原まであがり、帰りは五日市からあきる野IC経由片道1時間半の小旅行でした。

交通事故

4/27 15時半。大田区東海4-10の交差点で事故が発生しました。その当事者の一人だった自分。この一ヶ月間、事故処理でいろいろあったので今後のために(もう二度と関わりたくないけど)メモを残す事にします。

■事故発生
ちょうど信号待ちをしていたところでした。右折レーンで待っていたところにガリッという音とともに車が上下に大きく振動しました。サイドミラーを見ると、後ろのトレーラーの運転手が降りてくる様子が見え、ようやくぶつけられたことに気づきました。たぶん、普通ならすぐに気づくのでしょうが、実は運転していた車はこの日の午前に納車されたばかり。翌日から遠出することもあり、少し慣れておこうと近所をぐるりと回っていたときでした。メーターは初乗りから7kmしか進んでいません。

新車でいきなりこれはないだろうと思い込みたい気持ちもあって、しばし呆然としていました。そんな様子を見て、トレーラーの運転手も何かを察したのでしょう。とても迅速にかつ親切に対応をしてくれました。お互いの車を路肩に停めて、警察への報告、後の事故処理に必要なお互いの情報の交換など、手際よくやってくれました。

ようやく気持ちも落ち着いて、ぶつけられたところを見ると、

・リア部分にこぶし大のへこみ
・バンパーには相手方のバンパーが食い込んだ跡
・リアカメラが破壊

という状況でした。

状況を確認したあと、保険会社へ連絡。ただ、そもそも保険も入ったばかりで連絡先がわからず、納車をしてくれたディーラーの営業の人に連絡したところ、まさかの出来事にあわてた様子でした(そりゃ、そうでしょう)。



■警察到着
路肩に自動車を停めたときに、パトカーが通りかかったのですが、あっさりと無視され、結局警察が到着したのは15分以上たってからのこと。現場検証が始まります。といってもすでにトレーラーの運転手が100%加害者であることを認めているので、免許証と車検証の確認が終わると、あとは簡単に事故の様子を説明するだけでした。時間は約10分。あっさりしたものです。

土曜日ということで、保険会社もお休みなため、あとの処理は翌週に持ち越しです。

■そして自宅へ
自走はできる状態だったので、自宅に戻り、家族に事故の状況を話すと「ちっちゃくて見えなかったんじゃない」という厳しい一発をくらいました。

まあ、それはそれとして、初乗りからわずか10分たらずで事故車となり、その日のうちにディーラーに修理のため持ち帰ってもらいました。代車費用も保険の対象とのことだったので、こちらも手配してもらいました。コンパクトカーでしたが、意外に乗り心地も良く、こっちでよかったんじゃないという悪魔のささやきが助手席から漏れていました。

■相手先からお詫びの連絡
休日明け、加害者の方が所属する会社からお詫びの連絡がありました。これまた非常に丁寧な対応で、きっちり対応させていただきますという回答。大手でしかも古参の会社で信用はしていたのですが、直接話を聞いて少し安心しました。

■そして病院へ
むち打ちが恐い・・といういろいろな方のアドバイスを受けてとりあえず検査のためかかりつけの整形外科へ。レントゲンを見る限りは異常はなし、ただし右肩周辺の筋肉がかなり緊張していますねという診断。おお、これはもしやむち打ちかと思ったのですが、その4日後の再検査でも異常なしということで、ひとまず安心。後で考えると、筋肉が固まっていたのは、前週の雪中マラソンの後遺症だった気がします。ちなみに、この病院のことを保険会社に伝えたところ、「できれば次は別な医者にしてください」という回答がありました。どうも高額請求者で有名らしく、保険会社としてもできるだけ出費を抑えたいとのこと。普段、通院していて特に高額請求されたこともないので、疑問を持ちつつも、「わかりました。異常なしと診断されたらもう行きませんからご安心ください」と伝えました。

■同じ保険会社なのに
今回はこちらが賠償することは一切ないため、相手方の保険会社とのやり取りのみでした。まず連絡があったのが東京都内の営業所から。自動車の損害状況に加えて、病院にいって検査をしたことを伝えると、「傷害については担当が変わりますので、改めて連絡します」とのこと。結局、2度同じ話をすることになりました。

話を2回する程度ならいいのですが、さすがに書類に同じようなことを書かされたのは正直いい思いはしませんでした。同じ会社なんですから、もうちょっと情報共有して欲しいものです。

■そして修理が終わり
5/22 、「新車同様にきっちり修理します」の言葉通り、きれいになって戻ってきました。事故から3週間後でしたが、まあ、連休あり、部品調達のことを考えるともともとこれぐらいはかかったのかもしれません。平日夕方に受け取り、すぐにでも運転したい気持ちでしたが、今回はおとなしく週末まで待つ事にしました。

過去、修理を必要とする事故に出くわしたのことが2回あります。いずれもドア一枚をそっくり交換するそこそこの大きさでしたが、幸いにけが人はいませんでした。今回は、後ろがちょっと凹んだ程度なので、これらに比べると遥かに小さなものでしたが、なにせ納車したばかりということで精神的にかなり凹みました。

FBでぼそっとつぶやいた後、いろいろ励ましの言葉もいただいてかなり救われました。特に「車が自分の代わりに怪我したんですよ」という言葉には、うるうる来てしまいました。

車も体も元気になったので今日は奥多摩へドライブ。天気予報が外れ、とても良い天気でしかも渋滞もなく、気分転換にも持ってこいでした。








2013年5月5日日曜日

下町散策(両国編)

両国から秋葉原方面を散策。まずは、グルメから!


ランチは「ちゃんこ巴潟」というお店。せっかく両国まで来たのだからということで、有名なチェーン店はさけて、ここを選択。部屋は4階の個室。12時ちょっと過ぎで並ぶことも覚悟で行ったのだが、待つ事無くそのまま入ることができた(だが、30分後にお店を後にするときは表は5名ほどが行列に。ラッキーだった)。これは幕内というランチ定食(具材は日替わりで、今日は鳥つみれ)。鍋はゆうに2人前の量はあったが、あっさり味の野菜中心ということで完食。

お腹も満たされ、今日の目的地「江戸東京博物館」へと向かう。もうちょっと東京のことを知っておかなければと以前から行きたかった場所。

JR両国駅を出たところでは陸前高田と信州の観光キャンペーンを開催中。陸前高田のゆるきゃらも応援で登場。












これはこれとして、さっそく建物の中へ。












旅の出発は日本橋から。ということで、6Fの日本橋にて一枚。皆さん階下で行われている大道芸を見ている。












日本橋からみた風景がジオラマで再現されていた。他にもいくつかのジオラマがあり、これだけでも十分に半日は過ごせそう。












これは江戸時代の本屋さんの紹介コーナー。雑誌に相当するもののようだが、こういった種類の本が多数販売されていたようだ。



こちらの統計は当時の大工さんと今のサラリーマンの年間収支を比較したもの。絶対的な金額を比べても仕方ないので、支出の内訳を比較すると、昔はエンゲル係数はえらく高いことがわかる。












これは地理の教科書。「亜細亜は東半球の北部にあり、・・・」と当時は教えられていたわけだ。












数ある展示の中に、かつて実家にあった、なつかしい、スバル360を発見。隣で撮影していた同世代と思われる人が娘さんに「これはすごかったんだよ」と力説するも、娘さんは無関心。












今日は両国駅前はこののぼりが目立っていた。善光寺出開帳というのを初めて耳にしたのでちょっと調べてみたところ、「出開帳とは、普段拝することのできない寺院の本尊などを地方に出張し、一定期間拝むことができるよう祀ること。江戸時代に回向院で行われた善光寺の出開帳は大変な人気を誇っていた」とのこと。なにげに商売上手といえる(決して悪い意味ではなく)。












回向院を横目に、両国を後にして、浅草橋へと向かう。























両国橋から浅草方面を眺める。スカイツリーは意外に小さく見える。















おお、これは「まる玉」ではないか。でも今日はお休みでした。












柳橋からの眺め。たくさん係留されている屋形船の中に真っ赤な船を発見。小松屋と書かれていたが、船のフェラーリ版といったところだろうか。













そして、さらに足を伸ばして、秋葉原へと向かう。秋葉原が近づくに連れて、人の数が激増する。音も含めて一気に雰囲気が変わる。両国からの距離たった3kmだが、これもまた東京ってことかな。


2013年4月23日火曜日

第15回長野オリンピック記念 長野マラソン

昨日、長野マラソンを走った。初マラソンから数えて3回めとなる(フルマラソン通算では6回目)。

気温0.4℃、雪。8:30のスタート時の気象状況である。前日からの雨は朝方に雪に変わり、積もること約4cm。1961年の観測史上最も遅い降雪だったとのことである。途中も気温は上がらず、レース中はどうやら2.5℃ぐらいまでしか上がらなかったようだ。前回大会とほぼ同じ位置からパチリ。


さて、レースを振り返ってみる。スタートからの直線1kmは、ペースをつかむための重要なポイントなのだが、この日は道路に大きな水たまりがあり、それを避けようとするランナーで渋滞することもしばしば。なかなかペースがつかめない。雨合羽を着ていたせいもあって周囲の様子もつかみにくく、とにかく転ばないことを念頭に焦らずに進む。5kmをすぎたあたりから、体も温まり、ようやくペースもあがってきた。

前回の湘南では、ペースメーカとなりそうな人と見つけて、ひたすらついていく戦法をとってそこそこうまくいったので、今回も同じようにと考えていたのだが、10kmぐらいまでこれぞという人がなかなか見つからない。そこで、今回はあきらめて自分のペースをキープすることにした。5:30/km。とにかくこれを刻むことに集中!

15kmから20kmにかけては、ほぼ想定どおりのペース。20kmの五輪大橋の上りもなんなくクリアできた。

27kmすぎ、更埴橋を渡ることから風が強くなってきた。気温が低い中でこの冷たい北風は体に堪える。

30kmはいつもの関門。ここは2つのアップダウンがあって、一番しんどいところ。だが、今回は軽快に走りぬく。そういえば、太鼓の応援は雨を避けるため高速のガード下だった。そして、千曲川の土手に出ると再び強い北風が今度は真横から吹き付けてくる。もうここは5:30/kmは諦めて目標を6:00を超えないようにと切り替える。

心も折れかかった岩野橋、35kmの時計表示はスタートから3時間18分が経過したことを示す。あと7kmをこのペースでいけばなんとかサブ4が達成できるなと思ったのもつかのか、モロに向かい風となり、なかなか進まない。

そんなところに幸いにも大会ペースランナーがやってきた。4時間のペースランナーはSWACの尾崎朱美選手でその周りを取り囲むように集団があり、その中にすっぽりはまる形でしばし走ることになった。おかげで、向かい風も和らぎ、ペースも5:40/km にアップ。これでサブ4もはっきりと見えてきた(とその時は思っていた)。


しかしながら、このペースについていけたのは、37kmの給水所まで。そこからはまたスローダウン。またもや向かい風との戦いとなる。

40km、オリンピック道路に入り、追い風になる。ここで、スタート時から着ていた雨合羽を脱ぎ捨て、目指すはゴールのスタジアム。追い風に変わったことで、精神的にも楽になり、周囲の応援にも応える余裕が出てきた。

結果は、手元の時計で3:58:00。ランネットの速報で4:01:45、スタートの3分あまりをひけばほぼピッタリということで、めでたくサブ4を達成!ゴール直後は一瞬ではあったが青空も顔をのぞかせた。


これは毎回思うことだが、スタッフや雪の中の応援には本当に感謝。ゴール後の「お疲れ様」の一言がまた心に残った大会であった。


2013年4月9日火曜日

時代を反映する書棚!?

今日はプレスバッチをぶら下げてイベントの取材。午前の基調講演ではソフトバンクの孫さんが登壇。生で見るのは初めて、加えてステージに近いところだったので、表情もしっかりと見る事ができた。「300年先を想像する」という発想点の違い、「科学的検証に基づいた意思決定」「金さえかければいいってもんじゃないのよ、頭もしっかり使おうよ」と競合に対してやや挑発的は発言も交えつつ、「今まで誰に明かさなかったこと、今日初めて開示しましょう」としっかりと会場の関心を引き寄せるテクニックはさすがでした。

途中ははしょって最後の特別講演。こちらはループス・コミュニケーションズの斎藤徹氏の講演でテーマは「ソーシャル」。といってもITの話ではなく、企業経営とソーシャルの関連がテーマ。「BE ソーシャル!」という斎藤氏が執筆した書籍の内容が中心で、時々流れた3分ビデオに思わず涙する人もちらほらいたぐらい、感動的な内容であった。この講演では特別ゲストとしてカスミストアの小浜会長も登壇されたのだが、ここでも、「100年続けるための礎を作ることが自分の使命」と、数年先ではなくて100年という単位が出てきた。

最初の孫さんの300年、そして終わりが小浜さんの100年。優れた経営者が見つめる先は凡人とは違うのだなと実感。

それはさておき、帰りに立ち寄った本屋さんで、経営管理のコーナーの一部を撮った写真がこれ。


そして、もう一枚がオラクルの遠藤社長の講演の時に使っていたスライド。こちらは、「クラウドコンピューティング」を説明するときに使っていたものです。


書棚の上段に並んでいる本のタイトルをよく見ると、共通する言葉が結構出ています。この本屋さん、意識して集めたのかな?


2013年3月26日火曜日

東京の桜

最高裁判所前から半蔵門にかけての桜並木。この日は快晴で風も穏やかで絶好のお花見日和。



国立劇場正面からグランドアーク方面をのぞむ。




これは別な日に撮影。目黒川のお花見クルーズにて。左側が大崎ゲートシティ。



右手の金色の建物が雅叙園。この先の太鼓橋前で折り返す。




エジプト旅行10日間、古代文明に触れる

  NotebookLM の力を借りて、このブログを書いてみました。 成田からドバイを経由し、約12時間のフライト(今回、エミレーツ航空を利用)。降り立ったカイロで私を待っていたのは、数千年前から変わらぬ(であろう)静寂と、開発が進む現代エジプトの圧倒的なエネルギーでした。写真の...