4/27 15時半。大田区東海4-10の交差点で事故が発生しました。その当事者の一人だった自分。この一ヶ月間、事故処理でいろいろあったので今後のために(もう二度と関わりたくないけど)メモを残す事にします。
■事故発生
ちょうど信号待ちをしていたところでした。右折レーンで待っていたところにガリッという音とともに車が上下に大きく振動しました。サイドミラーを見ると、後ろのトレーラーの運転手が降りてくる様子が見え、ようやくぶつけられたことに気づきました。たぶん、普通ならすぐに気づくのでしょうが、実は運転していた車はこの日の午前に納車されたばかり。翌日から遠出することもあり、少し慣れておこうと近所をぐるりと回っていたときでした。メーターは初乗りから7kmしか進んでいません。
新車でいきなりこれはないだろうと思い込みたい気持ちもあって、しばし呆然としていました。そんな様子を見て、トレーラーの運転手も何かを察したのでしょう。とても迅速にかつ親切に対応をしてくれました。お互いの車を路肩に停めて、警察への報告、後の事故処理に必要なお互いの情報の交換など、手際よくやってくれました。
ようやく気持ちも落ち着いて、ぶつけられたところを見ると、
・リア部分にこぶし大のへこみ
・バンパーには相手方のバンパーが食い込んだ跡
・リアカメラが破壊
という状況でした。
状況を確認したあと、保険会社へ連絡。ただ、そもそも保険も入ったばかりで連絡先がわからず、納車をしてくれたディーラーの営業の人に連絡したところ、まさかの出来事にあわてた様子でした(そりゃ、そうでしょう)。
■警察到着
路肩に自動車を停めたときに、パトカーが通りかかったのですが、あっさりと無視され、結局警察が到着したのは15分以上たってからのこと。現場検証が始まります。といってもすでにトレーラーの運転手が100%加害者であることを認めているので、免許証と車検証の確認が終わると、あとは簡単に事故の様子を説明するだけでした。時間は約10分。あっさりしたものです。
土曜日ということで、保険会社もお休みなため、あとの処理は翌週に持ち越しです。
■そして自宅へ
自走はできる状態だったので、自宅に戻り、家族に事故の状況を話すと「ちっちゃくて見えなかったんじゃない」という厳しい一発をくらいました。
まあ、それはそれとして、初乗りからわずか10分たらずで事故車となり、その日のうちにディーラーに修理のため持ち帰ってもらいました。代車費用も保険の対象とのことだったので、こちらも手配してもらいました。コンパクトカーでしたが、意外に乗り心地も良く、こっちでよかったんじゃないという悪魔のささやきが助手席から漏れていました。
■相手先からお詫びの連絡
休日明け、加害者の方が所属する会社からお詫びの連絡がありました。これまた非常に丁寧な対応で、きっちり対応させていただきますという回答。大手でしかも古参の会社で信用はしていたのですが、直接話を聞いて少し安心しました。
■そして病院へ
むち打ちが恐い・・といういろいろな方のアドバイスを受けてとりあえず検査のためかかりつけの整形外科へ。レントゲンを見る限りは異常はなし、ただし右肩周辺の筋肉がかなり緊張していますねという診断。おお、これはもしやむち打ちかと思ったのですが、その4日後の再検査でも異常なしということで、ひとまず安心。後で考えると、筋肉が固まっていたのは、前週の雪中マラソンの後遺症だった気がします。ちなみに、この病院のことを保険会社に伝えたところ、「できれば次は別な医者にしてください」という回答がありました。どうも高額請求者で有名らしく、保険会社としてもできるだけ出費を抑えたいとのこと。普段、通院していて特に高額請求されたこともないので、疑問を持ちつつも、「わかりました。異常なしと診断されたらもう行きませんからご安心ください」と伝えました。
■同じ保険会社なのに
今回はこちらが賠償することは一切ないため、相手方の保険会社とのやり取りのみでした。まず連絡があったのが東京都内の営業所から。自動車の損害状況に加えて、病院にいって検査をしたことを伝えると、「傷害については担当が変わりますので、改めて連絡します」とのこと。結局、2度同じ話をすることになりました。
話を2回する程度ならいいのですが、さすがに書類に同じようなことを書かされたのは正直いい思いはしませんでした。同じ会社なんですから、もうちょっと情報共有して欲しいものです。
■そして修理が終わり
5/22 、「新車同様にきっちり修理します」の言葉通り、きれいになって戻ってきました。事故から3週間後でしたが、まあ、連休あり、部品調達のことを考えるともともとこれぐらいはかかったのかもしれません。平日夕方に受け取り、すぐにでも運転したい気持ちでしたが、今回はおとなしく週末まで待つ事にしました。
過去、修理を必要とする事故に出くわしたのことが2回あります。いずれもドア一枚をそっくり交換するそこそこの大きさでしたが、幸いにけが人はいませんでした。今回は、後ろがちょっと凹んだ程度なので、これらに比べると遥かに小さなものでしたが、なにせ納車したばかりということで精神的にかなり凹みました。
FBでぼそっとつぶやいた後、いろいろ励ましの言葉もいただいてかなり救われました。特に「車が自分の代わりに怪我したんですよ」という言葉には、うるうる来てしまいました。
車も体も元気になったので今日は奥多摩へドライブ。天気予報が外れ、とても良い天気でしかも渋滞もなく、気分転換にも持ってこいでした。
2013年6月2日日曜日
2013年5月5日日曜日
下町散策(両国編)
両国から秋葉原方面を散策。まずは、グルメから!
ランチは「ちゃんこ巴潟」というお店。せっかく両国まで来たのだからということで、有名なチェーン店はさけて、ここを選択。部屋は4階の個室。12時ちょっと過ぎで並ぶことも覚悟で行ったのだが、待つ事無くそのまま入ることができた(だが、30分後にお店を後にするときは表は5名ほどが行列に。ラッキーだった)。これは幕内というランチ定食(具材は日替わりで、今日は鳥つみれ)。鍋はゆうに2人前の量はあったが、あっさり味の野菜中心ということで完食。
お腹も満たされ、今日の目的地「江戸東京博物館」へと向かう。もうちょっと東京のことを知っておかなければと以前から行きたかった場所。
JR両国駅を出たところでは陸前高田と信州の観光キャンペーンを開催中。陸前高田のゆるきゃらも応援で登場。
これはこれとして、さっそく建物の中へ。
旅の出発は日本橋から。ということで、6Fの日本橋にて一枚。皆さん階下で行われている大道芸を見ている。
日本橋からみた風景がジオラマで再現されていた。他にもいくつかのジオラマがあり、これだけでも十分に半日は過ごせそう。
これは江戸時代の本屋さんの紹介コーナー。雑誌に相当するもののようだが、こういった種類の本が多数販売されていたようだ。

こちらの統計は当時の大工さんと今のサラリーマンの年間収支を比較したもの。絶対的な金額を比べても仕方ないので、支出の内訳を比較すると、昔はエンゲル係数はえらく高いことがわかる。
これは地理の教科書。「亜細亜は東半球の北部にあり、・・・」と当時は教えられていたわけだ。
数ある展示の中に、かつて実家にあった、なつかしい、スバル360を発見。隣で撮影していた同世代と思われる人が娘さんに「これはすごかったんだよ」と力説するも、娘さんは無関心。
今日は両国駅前はこののぼりが目立っていた。善光寺出開帳というのを初めて耳にしたのでちょっと調べてみたところ、「出開帳とは、普段拝することのできない寺院の本尊などを地方に出張し、一定期間拝むことができるよう祀ること。江戸時代に回向院で行われた善光寺の出開帳は大変な人気を誇っていた」とのこと。なにげに商売上手といえる(決して悪い意味ではなく)。
回向院を横目に、両国を後にして、浅草橋へと向かう。
両国橋から浅草方面を眺める。スカイツリーは意外に小さく見える。
おお、これは「まる玉」ではないか。でも今日はお休みでした。
柳橋からの眺め。たくさん係留されている屋形船の中に真っ赤な船を発見。小松屋と書かれていたが、船のフェラーリ版といったところだろうか。
そして、さらに足を伸ばして、秋葉原へと向かう。秋葉原が近づくに連れて、人の数が激増する。音も含めて一気に雰囲気が変わる。両国からの距離たった3kmだが、これもまた東京ってことかな。
2013年4月23日火曜日
第15回長野オリンピック記念 長野マラソン
昨日、長野マラソンを走った。初マラソンから数えて3回めとなる(フルマラソン通算では6回目)。
気温0.4℃、雪。8:30のスタート時の気象状況である。前日からの雨は朝方に雪に変わり、積もること約4cm。1961年の観測史上最も遅い降雪だったとのことである。途中も気温は上がらず、レース中はどうやら2.5℃ぐらいまでしか上がらなかったようだ。前回大会とほぼ同じ位置からパチリ。
さて、レースを振り返ってみる。スタートからの直線1kmは、ペースをつかむための重要なポイントなのだが、この日は道路に大きな水たまりがあり、それを避けようとするランナーで渋滞することもしばしば。なかなかペースがつかめない。雨合羽を着ていたせいもあって周囲の様子もつかみにくく、とにかく転ばないことを念頭に焦らずに進む。5kmをすぎたあたりから、体も温まり、ようやくペースもあがってきた。
前回の湘南では、ペースメーカとなりそうな人と見つけて、ひたすらついていく戦法をとってそこそこうまくいったので、今回も同じようにと考えていたのだが、10kmぐらいまでこれぞという人がなかなか見つからない。そこで、今回はあきらめて自分のペースをキープすることにした。5:30/km。とにかくこれを刻むことに集中!
15kmから20kmにかけては、ほぼ想定どおりのペース。20kmの五輪大橋の上りもなんなくクリアできた。
27kmすぎ、更埴橋を渡ることから風が強くなってきた。気温が低い中でこの冷たい北風は体に堪える。
30kmはいつもの関門。ここは2つのアップダウンがあって、一番しんどいところ。だが、今回は軽快に走りぬく。そういえば、太鼓の応援は雨を避けるため高速のガード下だった。そして、千曲川の土手に出ると再び強い北風が今度は真横から吹き付けてくる。もうここは5:30/kmは諦めて目標を6:00を超えないようにと切り替える。
心も折れかかった岩野橋、35kmの時計表示はスタートから3時間18分が経過したことを示す。あと7kmをこのペースでいけばなんとかサブ4が達成できるなと思ったのもつかのか、モロに向かい風となり、なかなか進まない。
そんなところに幸いにも大会ペースランナーがやってきた。4時間のペースランナーはSWACの尾崎朱美選手でその周りを取り囲むように集団があり、その中にすっぽりはまる形でしばし走ることになった。おかげで、向かい風も和らぎ、ペースも5:40/km にアップ。これでサブ4もはっきりと見えてきた(とその時は思っていた)。
しかしながら、このペースについていけたのは、37kmの給水所まで。そこからはまたスローダウン。またもや向かい風との戦いとなる。
40km、オリンピック道路に入り、追い風になる。ここで、スタート時から着ていた雨合羽を脱ぎ捨て、目指すはゴールのスタジアム。追い風に変わったことで、精神的にも楽になり、周囲の応援にも応える余裕が出てきた。
結果は、手元の時計で3:58:00。ランネットの速報で4:01:45、スタートの3分あまりをひけばほぼピッタリということで、めでたくサブ4を達成!ゴール直後は一瞬ではあったが青空も顔をのぞかせた。
これは毎回思うことだが、スタッフや雪の中の応援には本当に感謝。ゴール後の「お疲れ様」の一言がまた心に残った大会であった。
気温0.4℃、雪。8:30のスタート時の気象状況である。前日からの雨は朝方に雪に変わり、積もること約4cm。1961年の観測史上最も遅い降雪だったとのことである。途中も気温は上がらず、レース中はどうやら2.5℃ぐらいまでしか上がらなかったようだ。前回大会とほぼ同じ位置からパチリ。
さて、レースを振り返ってみる。スタートからの直線1kmは、ペースをつかむための重要なポイントなのだが、この日は道路に大きな水たまりがあり、それを避けようとするランナーで渋滞することもしばしば。なかなかペースがつかめない。雨合羽を着ていたせいもあって周囲の様子もつかみにくく、とにかく転ばないことを念頭に焦らずに進む。5kmをすぎたあたりから、体も温まり、ようやくペースもあがってきた。
前回の湘南では、ペースメーカとなりそうな人と見つけて、ひたすらついていく戦法をとってそこそこうまくいったので、今回も同じようにと考えていたのだが、10kmぐらいまでこれぞという人がなかなか見つからない。そこで、今回はあきらめて自分のペースをキープすることにした。5:30/km。とにかくこれを刻むことに集中!
15kmから20kmにかけては、ほぼ想定どおりのペース。20kmの五輪大橋の上りもなんなくクリアできた。
27kmすぎ、更埴橋を渡ることから風が強くなってきた。気温が低い中でこの冷たい北風は体に堪える。
30kmはいつもの関門。ここは2つのアップダウンがあって、一番しんどいところ。だが、今回は軽快に走りぬく。そういえば、太鼓の応援は雨を避けるため高速のガード下だった。そして、千曲川の土手に出ると再び強い北風が今度は真横から吹き付けてくる。もうここは5:30/kmは諦めて目標を6:00を超えないようにと切り替える。
心も折れかかった岩野橋、35kmの時計表示はスタートから3時間18分が経過したことを示す。あと7kmをこのペースでいけばなんとかサブ4が達成できるなと思ったのもつかのか、モロに向かい風となり、なかなか進まない。
そんなところに幸いにも大会ペースランナーがやってきた。4時間のペースランナーはSWACの尾崎朱美選手でその周りを取り囲むように集団があり、その中にすっぽりはまる形でしばし走ることになった。おかげで、向かい風も和らぎ、ペースも5:40/km にアップ。これでサブ4もはっきりと見えてきた(とその時は思っていた)。
しかしながら、このペースについていけたのは、37kmの給水所まで。そこからはまたスローダウン。またもや向かい風との戦いとなる。
40km、オリンピック道路に入り、追い風になる。ここで、スタート時から着ていた雨合羽を脱ぎ捨て、目指すはゴールのスタジアム。追い風に変わったことで、精神的にも楽になり、周囲の応援にも応える余裕が出てきた。
結果は、手元の時計で3:58:00。ランネットの速報で4:01:45、スタートの3分あまりをひけばほぼピッタリということで、めでたくサブ4を達成!ゴール直後は一瞬ではあったが青空も顔をのぞかせた。
これは毎回思うことだが、スタッフや雪の中の応援には本当に感謝。ゴール後の「お疲れ様」の一言がまた心に残った大会であった。
2013年4月9日火曜日
時代を反映する書棚!?
今日はプレスバッチをぶら下げてイベントの取材。午前の基調講演ではソフトバンクの孫さんが登壇。生で見るのは初めて、加えてステージに近いところだったので、表情もしっかりと見る事ができた。「300年先を想像する」という発想点の違い、「科学的検証に基づいた意思決定」「金さえかければいいってもんじゃないのよ、頭もしっかり使おうよ」と競合に対してやや挑発的は発言も交えつつ、「今まで誰に明かさなかったこと、今日初めて開示しましょう」としっかりと会場の関心を引き寄せるテクニックはさすがでした。
そして、もう一枚がオラクルの遠藤社長の講演の時に使っていたスライド。こちらは、「クラウドコンピューティング」を説明するときに使っていたものです。
途中ははしょって最後の特別講演。こちらはループス・コミュニケーションズの斎藤徹氏の講演でテーマは「ソーシャル」。といってもITの話ではなく、企業経営とソーシャルの関連がテーマ。「BE ソーシャル!」という斎藤氏が執筆した書籍の内容が中心で、時々流れた3分ビデオに思わず涙する人もちらほらいたぐらい、感動的な内容であった。この講演では特別ゲストとしてカスミストアの小浜会長も登壇されたのだが、ここでも、「100年続けるための礎を作ることが自分の使命」と、数年先ではなくて100年という単位が出てきた。
最初の孫さんの300年、そして終わりが小浜さんの100年。優れた経営者が見つめる先は凡人とは違うのだなと実感。
それはさておき、帰りに立ち寄った本屋さんで、経営管理のコーナーの一部を撮った写真がこれ。
そして、もう一枚がオラクルの遠藤社長の講演の時に使っていたスライド。こちらは、「クラウドコンピューティング」を説明するときに使っていたものです。
書棚の上段に並んでいる本のタイトルをよく見ると、共通する言葉が結構出ています。この本屋さん、意識して集めたのかな?
2013年3月26日火曜日
東京の桜
最高裁判所前から半蔵門にかけての桜並木。この日は快晴で風も穏やかで絶好のお花見日和。
国立劇場正面からグランドアーク方面をのぞむ。
これは別な日に撮影。目黒川のお花見クルーズにて。左側が大崎ゲートシティ。
右手の金色の建物が雅叙園。この先の太鼓橋前で折り返す。
2013年2月16日土曜日
九州大学へ
一泊二日で九州は福岡へ行ってきた。今回のお仕事は情報系大学院に在籍する学生さんの取材。新しい講座を実際に受講した感想を聞いてみようという主旨のものである。
訪問先は九州大学伊都キャンパス。福岡空港から、地下鉄、JR、バスを乗り継ぐこと1時間ちょっと、遠い場所である。あちこちに分散していたキャンパスをまとめる目的で、2005年から移転が始まっているそうだ。
広大な敷地に、講義棟や実験棟、寮など大学関係の建物が立ち並ぶ。ただ、まわりにはお店らしいお店がほとんど見当たらない。最もにぎわっているのはおそらく、駅前か少し離れたショッピングモールなのだろう。ここで大学生活を過ごすのかと思うと、ちょっと考えてしまう(いや、勉学に勤しむ方にはもってこいの環境である)。
こちらが、情報科学系の研究室が入っているビルで、11Fまであったかな。なにせ入口がわかりにくく、何度かその前を行き来してしまった。ビル内も同じく迷わせる作り。エレベータを降りる階を間違えてしまい、出口を見つけるのに苦労してしまった。
この日は東京も朝方に雪が積もったようで、福岡も北風が強く、寒い一日であった。
これは、飛行機の中から見た調布、府中のあたり、真ん中に蛇行しているのが多摩川で府中競馬場もはっきりと見える。左に写っているのが横田基地かな。
普段、現役学生と話をする機会も少ないので(社会人学生はあるけれど)、どんな話が聞けるか楽しみだった。最近の学生はおとなしいと言われているが、今回に限れば、みなしっかり目標を持っており、かつ失敗を恐れずにいろいろなことをチャレンジしている。そう、失敗することは実は大切なことである。ただし、実際にそれをやるのは難しいことだと思う。教える側も教えられる側もやはり失敗は恐いはずだが、そこに果敢に挑んでいくところ、正直うらやましかった。以前、他の大学の先生も、大学にいるうちに多くの失敗をした学生ほど社会に出て成長すると言っていた。
この一ヶ月、こうした機会があと数回ある。次はどんな話が聞けるだろうか。
2013年2月11日月曜日
大分の食事処&温泉
まずは、安心院(あじむ)のすっぽんから。料亭やまさというお店ですっぽん鍋をいただきました。安心院は古くからすっぽんの名産地として全国に知られているところ(だそうです。今回初めて知った次第)。そのあたりは宇佐市のHPにも書かれています。
まずは老舗を感じさせる門構え。
今回いただいたのは、すっぽん鍋コース。先付けは、すっぽんの卵、エンペラ、肝。
そして、生血です。これは日本酒で割ってあります。いかにも「血」という赤い色。でも、味はさっぱり。
肝心の鍋の写真を撮るのを忘れてしまいました。しめは雑炊。すっぽんまるごといただきです。
お店の裏に養殖池がありました。ただ、今は冬眠中とのこと。まったくいる気配なしです。暖かくなると出てくるそうです。
次は夜の部。こちらは、大分市内の居酒屋さんです。地元の方が通う大衆酒場です。ここでは魚中心に大分の食をいただきました。
まずは、ふぐ。ひれ酒で乾杯。
ふぐはこれで一人前です。
大分と言えばやっぱり関あじ、関さばでしょう。こんな感じで出てきます。ぷりぷりの食感です。
ひらめもいただいちゃいました。
お頭部分はあとでお味噌汁にしていただくことができます。この後、土手鍋てんこもりの雑炊が出てきました。昼夜と雑炊三昧です。
おまけで温泉も紹介しましょう。別府といえば地獄めぐり。今回は、紺屋地獄と呼ばれる地区にある別府温泉保養ランドにおじゃましました。今にも壊れそうな建物が印象的でした。おすすめと言われなければ、立ち寄る事はなかったかもしれません。
ここは泥湯&混浴です。露天の泥湯は最高!この日は雪が舞っていたこともあって風情がありました。一つこの温泉で注意したいのは、男性用の滝湯というやつですね。うたせ湯のように、お湯が上から落ちてくる場所があるのですが、このお湯の熱さが半端じゃありません。正直、やけどします。やばいです。
そして、もう一カ所は別府海浜砂湯、いわゆる砂風呂です。こちらは残念ながら受付時間に間に合わず、写真のみ。ちょうど後片付けをしているところでした。浜辺の一画に作られたものです。
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今年のGWもお出かけは無しとなり、そこから始めた七福神巡り。きっかけはたまたま大森方面のいつものコースを走っていて休憩した神社(磐井神社)。ここは 東海七福神 の一つということが判明。最近、ランの目的を失いつつあったこともあり、また、ストレス解消の一貫として七福神巡りランを実施...


































